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東京地方裁判所 平成4年(ワ)8009号 判決 1997年5月26日

原告

X

右代表者

X1

右訴訟代理人弁護士

櫻木武

佐藤典子

被告

東京都

右代表者知事

青島幸男

右指定代理人

小林紀歳

外三名

被告

右代表者法務大臣

松浦功

右指定代理人

仁田良行

外八名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  原告の請求

一  主位的請求

被告らは原告に対し、各自金三億二〇〇〇万円及びこれに対する平成二年二月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告国に対する予備的請求

被告国は原告に対し、金三億九六三五万九六〇〇円及び内金九六一〇万円に対する平成二年一月八日から、内金二億四三七二万四〇〇〇円に対する平成二年一月一七日から、内金五六五三万五六〇〇円に対する平成二年一月二二日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  当事者の主張

(主位的請求について)

一  請求原因

1 本件金貨の押収

被告東京都の機関である警視庁所属の司法警察員は、平成二年二月一〇日、新東京国際空港内輸入共同上屋国際空港上屋株式会社成田保税上屋金庫室(以下「成田保税上屋金庫室」という。)において、英国の貨幣商である原告が日本の貨幣商であるB社に売却すべくスイス連邦から日本へ航空貨物として送付した天皇陛下御在位六十年記念拾万円金貨・昭和六十一年銘三二〇〇枚(以下「本件金貨」という。)を、偽造金貨の疑いがあり、被疑者不詳に対する通貨偽造被疑事件の証拠物に該当するとして、東京簡易裁判所裁判官発付の捜索差押許可状に基づき差し押さえ(以下「本件押収」という。)、以後、右押収を継続している。

2 押収の違法性

(一) 被告東京都の違法

(1) 誤った押収

被告東京都の機関である警視庁の係官は、本件金貨が被告国により正式に製造及び発行された真正金貨(真貨)であるにも拘わらず、その事実を知り又は通常の注意義務を尽くせば真貨であることを知り得たのに、漫然これを偽造通貨(偽貨)の疑いがあるとして本件押収をなし、その後も押収を継続している。なお、右押収は刑事訴訟法に基づく刑事手続として行われているのであるから、偽貨であることの立証責任は、刑事裁判と同様に被告側にあるというべきである。

(2) 押収継続の違法

仮に警視庁による本件金貨の押収開始が違法でなかったとしても、警視庁係官は、原告より平成二年六月末日までに、偽造通貨についての世界的権威であるアーネスト・ジー・ヴィ・ニューマン(以下「ニューマン氏」という。)作成の同年三月六日及び同年六月一四日付け各鑑定書の送付を受けており、同鑑定書によれば本件金貨は真正金貨である旨記載されているのであるから、右鑑定書の受送付後速やかに本件金貨についての押収を解除し原告に本件金貨を還付すべきであったのにこれを怠り、その後も右押収を継続している。

(二) 被告国の違法(鑑定の誤り)

被告国の機関である大蔵省は、貨幣の発行・回収及び取締をその所掌事務として通貨の強制通用力を確保すべき権限と義務を有するところ、同省造幣局係官は、本件金貨が真正金貨であるにも拘わらず、かつ平成二年六月末日までに本件金貨は真貨であるとした前記ニューマン鑑定書の送付を受けたにも拘わらず、同年七月一六日付けで警視庁係官に対し、本件金貨は偽貨であるとする誤った鑑定結果を記載した鑑定書を送付し、もって結果的に警視庁に本件押収を継続させている。

3 被告らの責任

(一) 被告東京都の責任

前記2(一)(2)の警視庁係官による本件金貨の押収及びその継続は、いずれも被告東京都の公務員がその職務の執行として行ったものである。

(二) 被告国の責任

前記2(二)の大蔵省造幣局係官による本件金貨の鑑定は、被告国の公務員がその職務の執行として行ったものである。

4 損害の発生

原告は、被告らによる前記各行為によって本件金貨を法定通貨として使用する権利を奪われたから、その額面相当額金三億二〇〇〇万円相当の損害を被った。

5 まとめ

よって、原告は被告らに対し、国家賠償法一条一項に基づき、各自、右損害賠償金三億二〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成二年二月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告東京都の認否と主張

1 認否

(一) 請求原因1の事実のうち警視庁係官が通貨偽造被疑事件の証拠物として本件金貨を差し押さえたことは認めるが、その余は知らない。

(二) 同2(一)(1)の事実は否認する。本件金貨は偽貨であるし、係官に過失もない。

(三) 同2(一)(2)の事実のうちニューマン鑑定書が送付されたことは認めるが、その余は否認する。本件金貨は偽貨であるし、係官に過失もない。

(四) 同3(一)の事実は認める。

(五) 同4の事実は否認する。

2 主張

被告東京都の機関である警視庁による本件金貨の押収とその継続の理由は、次のとおりである。

(一) 本件被疑事件の捜査の端緒

(1) 警視庁刑事部捜査第三課員(以下「捜査第三課員」という。)は、平成二年一月二九日、株式会社富士銀行本店東京事務センター係員から、偽造の疑いのある記念金貨が入金されたので調べて欲しいとの申し出を受けた。同センター係員は、同日、C社から同行日本橋支店(以下「富士銀行日本橋支店」という。)に入金された記念金貨一〇〇〇枚の表面の色調及び包装パッケージが従来のものと異なることから、内一〇枚を日本銀行本店に持参して、真正金貨であるか否かの調査を依頼したところ、同行発券局総務課員から、光沢が鈍く表面がざらついており偽造の疑いがあるので警察に届けた方がいい旨の回答を得たので、光沢の鈍いもの五枚と明るいもの一枚を持参したとのことであった。

(2) 捜査第三課員は、右センター係員から右記念金貨六枚の任意提出を受け、警視庁科学捜査研究所(以下「科学捜査研究所」という。)に同金貨の鑑定を依頼したところ、同所員から光沢の鈍い五枚については、昭和六一年の「六十一」の刻印部に盛り上がった極細のキズが存在する、金貨の表面の色調が薄い、全体の彫りが浅い等共通した特徴のある偽造金貨であり、光沢の明るい一枚については真正金貨である旨の報告を受け、C社から富士銀行日本橋支店に入金された残余九九四枚の記念金貨についても偽造金貨が混在している疑いがあると判断し、翌一月三〇日、同支店から右記念金貨九九四枚の任意提出を受けた。

(3) さらに、捜査第三課員は、被疑者不詳にかかる通貨偽造被疑事実で記念金貨の入金元であるC社に対する捜索差押許可状の発付を得、同社の捜索差押を実施して光沢の鈍い記念金貨一枚を差し押さえるとともに、代表取締役C1及び同社社員から事情聴取したところ、C社は、原告から輸入した記念金貨一〇〇〇枚を富士銀行日本橋支店に入金したものであることが判明した。

また、科学捜査研究所で真正金貨と鑑定された一枚は、C社が、入金に際し、一〇〇〇枚のうち一枚の包装パッケージが破損していたためこれを同社が以前から所有している別の記念金貨一枚と交換して入金した記念金貨であることが判明した。なお、原告から送付され包装パッケージが破損していたため交換に付された一枚については、前記のとおり差し押さえた。

(二) 原告所有にかかる本件金貨の押収に至る経緯

(1) 捜査第三課員は、本件被疑事件捜査開始直後の平成二年二月一日、東京税関監視部係官より、B社がC社と同様、原告を輸出元として、記念金貨三二〇〇枚を輸入し、現在、成田保税上屋金庫室に保管中であるとの連絡を受けた。

右連絡に基づき、捜査第三課員は、翌二日、B社取締役B1から成田保税上屋金庫室に保管中の記念金貨の輸出元が原告であることを確認するとともに、同人から事情聴取をしたところ、同社は原告から昭和六三年八月から平成二年一月までの間、本件を含め三一回にわたり記念金貨四万三〇九四枚を輸入しており、本件金貨については、平成二年一月二四日、成田保税上屋金庫室内に陸揚げ蔵置中であるが、C社が原告から輸入した記念金貨が偽造の疑いがあるとの報道がなされたため、通関手続を保留しているとの説明を受けた。

(2) そこで、捜査第三課員は、右C1から本件金貨の梱包を開披して偽造であるかどうかを確認することについての同意を得て、同日、右金庫室において、本件金貨の形状を調査したところ、先に科学捜査研究所から偽造との報告を受けた前記五枚の記念金貨と共通の、昭和六一年の「六十一」の刻印部に盛り上がった極細のキズが存在する、金貨の表面の色調が薄い、全体の彫りが浅い等の特徴点を確認することができた。

(3) 捜査第三課員は、右蔵置中の本件金貨についても偽造である可能性が高く、本件被疑事件の証拠物に該当すると判断し、差押えの必要性を認め、平成二年二月一〇日、東京簡易裁判所裁判官に対して被疑者不詳の通貨偽造被疑事実で捜索差押許可状を請求し、同日その発付を得、成田保税上屋金庫室内に蔵置中の本件金貨三二〇〇枚を差し押さえた。

(三) 輸入経路の捜査状況

(1) 前記のとおり、原告からC社が一〇〇〇枚、B社が四万三〇九四枚をそれぞれ輸入していた事実が判明したが、捜査第三課員は、A社も外国から記念金貨を輸入しているとの情報を得たため、A社の代表取締役A1から事情聴取したところ、A社はスイス連邦の貨幣商D社から昭和六三年三月から平成二年一月ころまでの間に四三回にわたって合計六万一七五〇枚の記念金貨を輸入し、国内の銀行に入金しているとのことであった。

(2) また、捜査第三課員は、平成二年二月二日、原告代表者X1が来日したため、同人に対し、任意に事情聴取を行い、C社及びB社に輸出した記念金貨の入手状況について尋ねたところ、同人は、本件金貨も含め記念金貨は総てスイス連邦ルガーノのコインブローカー、E1から購入したものであると供述した。

一方、D社の入手経路については、警察庁刑事局国際刑事課を通じてスイス連邦警察当局に捜査を依頼したところ、右スイス連邦警察当局より、D社の社長D1から、記念金貨はスイス・ユニオン銀行ジュネーブ支店から購入したものであるとの供述を得、右供述をもとに同行同支店に確認したところ、同支店は、記念金貨は原告と同様にE1から購入し、また、同行ベルン支店も同人から記念金貨二一七六枚を購入し、同行東京支店に送付している旨の捜査結果報告を得た。

(四) 記念金貨の鑑定状況

(1) 右のとおり、E1を供給源として、本邦に輸入あるいは送付された記念金貨の総数は、昭和六三年三月から平成二年二月一〇日までの間に一〇万八〇二〇枚となっていた。

(2) 捜査第三課員は、右一〇万八〇二〇枚の記念金貨のうち、本件金貨三二〇〇枚並びにC社から富士銀行日本橋支店に入金されたもの及びC社で差し押さえたもの一〇〇〇枚の合計四二〇〇枚以外の記念金貨の追跡捜査を行い、所在が判明した一万八〇九九枚について、所有者・保管者等から任意提出を受け、本件金貨を含めた右記念金貨二万二二九九枚を、平成二年一月から平成四年四月までの間に科学捜査研究所及び大蔵省造幣局の鑑定に付したところ、その全てについて偽造であるとの鑑定結果を得た。

また、日本銀行発券局においても、同行に入金されている記念金貨について大蔵省造幣局に鑑定を依頼したところ、うち八万五六四七枚が偽造と鑑定されたため、それを受けた同行は、右八万五六四七枚を捜査第三課員に任意提出した。

従って、捜査第三課員の押収にかかる偽造と鑑定された記念金貨は、本件金貨を含め、一〇万七九四六枚に達している。

(3) なお本件金貨については、科学捜査研究所から、いずれも偽造金貨であると認める内容の鑑定書が提出され、その中で、光沢が鈍い、表裏面模様の形状が粗い、本件金貨には共通の線状キズがある、パッケージの色調がやや紫色を帯びている、パッケージのエンボス模様の形状が異なりへこみも深い等の偽造特徴が認められている。

その後、科学捜査研究所では、本件金貨を含めた記念金貨の偽造特徴について、前記のほか、真正金貨と比較して、音響の周波数分析においても低く鈍い音がする、硬度計測定においても柔らかい旨の認定をしている。

(五) 原告からの本件金貨についての還付請求を拒否した状況

(1) 右のとおり、本件被疑事件は、内国に通用する貨幣(記念金貨)一〇万八〇二〇枚(額面価格一〇八億二〇〇万円)の偽造貨幣が輸入された疑いのある国際的通貨偽造被疑事件であり、一方、原告代表者を含め、事情聴取に応じた前記コイン業者及びスイス銀行関係者はいずれも、取扱いにかかる記念金貨が偽造金貨であるとの認識がない旨供述しており、また、共通の供給源であるE1の入手元についても未だ捜査が完了しておらず、従って、現在においても被疑者の特定には至らず、国内、国際捜査を継続しているところである。

(2) しかるところ、原告は、平成三年五月及び同年一二月、捜査第三課員に対して、本件金貨の所有権は原告にあること及び近日中に右金貨について還付請求する用意があることを文書で通知してきた。

さらに、原告は、平成四年一月一四日、「押収物還付請求書」と題する書面をもって、本件金貨について刑事訴訟法一二三条及び同法二二二条を根拠に還付請求を行った。

(3) 捜査第三課員は、平成四年三月三一日、右請求につき、原告代理人に対して、本件金貨はいずれも偽造金貨である、本件金貨を含めた偽造にかかる記念金貨について現在においても通貨偽造被疑事件として捜査継続中である、本件金貨は没収対象物に当たるとの理由により還付できない旨を口頭で回答し、現在も本件金貨については押収を継続している。

付言するに、右回答を不服とした原告は、同年四月二七日、東京地方裁判所に対して、右還付拒否処分の取消しを求める準抗告を申し立て、右事件は東京地方裁判所刑事第一部に係属し、審理に付されたが、同裁判所は、同年六月五日、本件金貨は偽貨であることが明らかであること、本件通貨偽造被疑事件に関しては、現在も国際捜査が進行中であり、偽造通貨は犯罪の生成物件として没収対象物たり得ること及び偽貨である以上、原形のままの還付が許される筋合いではないことなどの理由から、捜査第三課員の、本件金貨について原告からの還付請求を拒否した処分の適法性を認め、原告の右申立てを理由なしとして棄却する旨の決定をなした(東京地方裁判所平成四年(む)第二四一号準抗告申立事件)。

三  請求原因に対する被告国の認否

1 請求原因1の事実は知らない。

2 同2(二)の事実のうち、大蔵省が原告主張のような権限と義務を有すること、ニューマン鑑定書が送付されたこと、造幣局が本件金貨は偽造である旨の鑑定を与えたことはいずれも認めるが、その余は否認する。

造幣局が本件金貨が偽造であると鑑定した主な理由は左記のとおりである。

(一) 裏面の「昭和六十一年」の文字の部分に肉眼でも識別可能な線状の共通のキズがあるところ、造幣局において天皇陛下御在位六十年記念拾万円金貨を製造するに際しては、極印製造の最終工程で作業責任者が極印の印面の状態を子細に検査することなどから、そのような共通のキズがある天皇金貨が多数枚にわたり製造されることはあり得ないこと。

(二) 模様が部分的に異なること。

(三) 真正な金貨に比較して光沢が少ないこと。

3 同3(二)の事実は認める。

4 同4の事実は否認する。

(予備的請求について)

一  請求原因

1 被告国の違法行為と被害の発生

(一) 真贋検査義務違反と損害の発生

(1) 天皇金貨(天皇陛下御在位六十年記念拾万円金貨)の輸出入許可申請がなされた場合、被告国には当該金貨の真贋を検査すべき外為法(外国為替及び外国貿易管理法)上及び関税法上の義務があるところ、被告国は、本件金貨とその出所(スイス連邦の貨幣商E社代表E1)及び性状を全く同じくする金貨につき原告及びB社からなされた外為法及び関税法に基づく各輸入許可申請に対し、昭和六三年八月一八日から平成二年一月九日までの間、三〇回にわたり、合計約四万枚の天皇金貨(金四〇億円相当)につきいずれもこれを許可したが、もし本件金貨が偽貨だとすれば、被告国の機関は当然に果たすべき真贋についての検査義務を怠った結果として右各輸入許可をしたことになる。

(2) 原告は、E社からの購入金貨が偽貨とわかったらその時点以降の購入は行わなかったはずであるが、被告国の機関が前記(1)のようにE社出所の天皇金貨につき輸入許可してきたことから、右輸入許可にかかる天皇金貨につき日本政府が真貨と判断したと信じ、その信頼を前提として原告は、同じくE社から、①平成二年一月八日に天皇金貨一〇〇〇枚を一枚当たり九万六一〇〇円で購入し、同月一〇日にC社に売却し、次いで②同年一月一七日に天皇金貨二六〇〇枚を一枚当たり九万三七四〇円で、同年一月二二日に天皇金貨六〇〇枚を一枚当たり九万四二二六円で、それぞれ購入し(以上合計三二〇〇枚が本件金貨である。)、これを同年一月二三日にB社に売却したところ、右①の天皇金貨一〇〇〇枚については平成二年一月三一日に、右②の天皇金貨合計三二〇〇枚については同年二月一〇日に、それぞれ警視庁に通貨偽造被疑事件の証拠物として押収されたため、右②のB社との間の売買契約は解除され、また①のC社との間の売買契約も解除されること必至であるところ、原告の右各金貨購入先であるE社は現在既に営業を閉鎖していて資産もないので、右金貨の購入代金合計額三億九六三五万九六〇〇円を回収できる可能性は皆無である。従って、原告は被告国の機関の前記真贋検査義務違反行為により右購入代金相当額の損害を被ったことになる。

(二) 平成二年一月一九日の造幣局係官による真偽鑑定

(1) 本件金貨と同じくE社を出所とする天皇金貨二〇〇〇枚を平成二年一月一八日にスイス連邦のD社(代表D1)から輸入したA社の代表取締役A1は、前記D1からの依頼に基づき、平成二年一月一九日、大阪市所在の大阪造幣局に赴き、前記金貨のうちの二枚につきその真偽の鑑定を依頼したところ、同造幣局係官Fは、右金貨は真正金貨(真貨)に間違いない旨の鑑定をした。本件金貨が偽貨であるとすればA1が持ち込んだ右金貨二枚も偽貨であることになるが、右Fには右金貨を十分に観察すれば偽造金貨の疑いがあることが判明したはずであるのにこれを行わず、右金貨を真正金貨と即断した過失がある。

(2) 原告は、D社をはじめとする貨幣商とは常時情報を交換する体制をとっており、A1が持込んだ前記金貨が偽貨と判明すれば直ちにその旨を知り、同じくE社を出所とする前記(一)(2)の各金貨(本件金貨を含む)を購入することはなく、また既に購入していたものについては、即座に売買契約を解除する等して売買代金相当額を回収することができたはずであるのに、大阪造幣局の前記係官が虚偽の鑑定をした結果、原告は前記(一)(2)の次第により、合計金三億九六三五万九六〇〇円の損害を被った。

2 被告国の責任原因

前記1(一)(1)・(二)(1)の各行為をしたのは被告国の機関である大蔵省の職員であり、同人らはその職務の執行として右各行為を行ったものである。

3 まとめ

よって、仮に本件金貨が偽造金貨であると判断されるのであれば、被告国に対し予備的に、国家賠償法一条一項に基づき、右損害賠償金合計金三億九六三五万九六〇〇円及び前記(一)(2)①の購入代金九六一〇万円に対する平成二年一月八日から、前記(一)(2)②のうち平成二年一月一七日購入にかかる金貨二六〇〇枚の購入代金二億四三七二万四〇〇〇円に対する平成二年一月一七日から、前記(一)(2)②のうち平成二年一月二二日購入にかかる金貨六〇〇枚の購入代金五六五三万五六〇〇円に対する平成二年一月二二日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を各求める。

二  請求原因に対する認否(被告国)

1 請求原因1(一)(1)(2)の各事実のうち、被告国の機関が許可をしたことは認めるが、その余は否認する。

外為法は、国際収支の均衡と通貨の安定を図る観点から必要最小限の規制を行うことにより、対外取引の正常な発展を期し、もって国際収支の均衡及び通貨の安定を図るとともにわが国経済の健全な発展に寄与することを目的としているところ(外為法一条)、右通貨の安定を図るとは、本邦通貨の対外価値及び国内価値の安定を図るということであり、同法は、資金の急激な流入等による本邦通貨の外国為替相場の急激な変動やインフレの進行を抑制するための規制を行いうることを規定しているものである。そして、同法が支払手段の輸出入を行おうとする者に対し大蔵大臣の許可を受ける義務を課しているのは、支払手段の輸出入を把握することにより、かかる規制の実効性を確保するためであり、同法による輸出入許可の審査は当該支払手段が真貨であることを前提に行われる。したがって、右審査において、支払手段、すなわち通貨の真偽までも判定することは予定されておらず、被告国(大蔵大臣)に真偽判定を行う義務は課せられていない。

また、関税法上の通関手段は、関税の公平確実な賦課徴収及び税関事務の適正円滑な処理を図るために貨物の輸出入の際に必要な規制等を行う手続であり(関税法一条)、したがって、この通関手続における輸入貨物の検査(現品検査)も、関税の適正かつ公正な徴収を主目的として実施されるのであるから、その貨物検査は、その性格上、貨物の外観・性状等の物理的状態に着目して行われるのであって、当該貨物が輸入禁制品に該当するか否かもこのような手続の中において容易に判断されうる限りにおいて審査しようとするにすぎないものである。また、全ての輸出入貨物について、通関手続における検査を一律に行うことは必ずしも必要ではなく、輸入申告に際し税関に提出された各書類を審査しその過程で現品検査が必要であると税関が認めた場合に実施されるものである(関税法六七条、一〇五条一項)。原告主張の三〇回の天皇金貨の輸入申告に際して、税関は梱包を開披して現品検査を行ったことがあるが、天皇金貨のように高額の記念貨幣については、そのブリスターパック(包装パッケージ)を破って検査することは記念貨幣としての価値を減殺するおそれが強いことから、現品検査を行った金貨についても、いずれもブリスターパック越しに検査を行ったものである。したがって、天皇金貨の検査に当たった税関職員において過失があったものとは認められない。

なお、国家賠償法上の違法性は、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えた場合に認められるものであるところ、関税法上の輸入許可は本来自由である輸入行為を公益的見地から一般的に禁止し、一定の要件の下にこれを解除するものであるから、許可要件を満たす場合に輸入の許可をすべき義務は個別の国民に対する職務上の法的義務ということができるが、要件を満たさない場合とか輸入禁制品にあたる場合に当該輸入を不許可とすべき義務は、専ら公益を確保するための義務であって、個別の国民に対して負担する職務上の法的義務ということはできないから、本件金貨の輸入許可を行った行為が国家賠償法上違法と評価されることはあり得ない。

2 同1(二)(1)(2)の各事実のうち、A1が主張の時期に大阪造幣局を訪れたことは認めるが、その余は否認する。

大蔵省造幣局が行う貨幣の真偽の鑑定については、昭和四三年七月一〇日付け造幣局長訓令第二三号「貨幣の真偽鑑定規則」によりその手続が定められており、同規則によれば、貨幣の真偽鑑定の依頼を受けたときは、受付担当者は、依頼者に鑑定物件を添えた鑑定依頼書を提出させ、それを受けて鑑定物件預り証を依頼者に交付することとされており、鑑定が終了した場合には、その結果について鑑定書を作成し、これに鑑定物件を添えて依頼者に引き渡すこととされている。したがって、右手続に沿って行われていないものは造幣局の鑑定ということはできないのであって、大蔵省造幣局作業管理部員Fは原告主張の鑑定を行っていない。

3 同2の事実は認める。

第三  証拠<省略>

理由

第一  被告東京都に対する請求について

一  本件金貨の押収等

請求原因1の事実のうち警視庁係官による本件押収は当事者間に争いがなく、その余は甲第二七号証、弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

二  本件金貨の押収とその後の経緯

<証拠略>を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

1  昭和天皇の御在位六〇年を記念して日本政府は記念貨幣を製造・発行したが、発行された右記念貨幣には、一〇万円金記念貨幣(前述の天皇金貨)・一万円銀記念貨幣・五〇〇円白銅記念貨幣・五〇〇円白銅貨幣の四種類があった。このうち一〇万円金記念貨幣(天皇金貨)には昭和六〇年銘と昭和六一年銘の二種類があり、前者の昭和六〇年銘の発行個数は一〇〇〇万個であり、その製造場所は大阪市内にある大蔵省造幣局の本局(大阪造幣局)のみであった。

2  天皇金貨は、造幣局にとって戦後初めての金貨であったこと、一〇万円という高額貨幣であったこと、皇室の慶事を記念する貨幣であったこと等の事情から、とりわけ慎重に製造されたが、その製造過程は他の貨幣の場合と基本的に同一であり、①原形の製作(貨幣の四倍の図案を基に石膏平板の上に油粘土でデザイン部分を盛りつけ、貨幣と同じ凸状の原形を造る。そして、その上に石膏を流し込み、凹上の石膏原版を造る。)・②電鋳板の製造(石膏原版に耐水性を持たせるため木蝋槽に浸し、導電性を持たせるためその石膏原版に黒鉛を塗布した後、銅の厚メッキを行い、電鋳板を製造する。)・③縮彫原版及び種印の製造(電鋳板の表面を硬くするため、電鋳板にニッケルメッキを施してこれを縮彫機にかけ、約四昼夜をかけながら種印下地に四分の一の大きさで縮小彫刻するが、縮彫機では彫刻できない微細な部分等を顕微鏡で観察しながら切削工具で修正する。そして、その種印下地を旋盤で成形の上、熱処理を施し種印(凸状)とする。)・④極印の製造(種印を極印下地にプレスし、圧印機に取り付ける形状に成形した後、印面を顕微鏡で検査の上、熱処理を行って貨幣極印(凸状)を造る。)・⑤円形の製造(貨幣材料を電気炉で溶かし、反連続鋳造で鋳塊を造る。鋳塊を均熱炉で加熱し、鋳塊が延びやすい高温の間に厚み六ミリメートルに圧延(熱間圧延)し、さらに、厚さ精度を出すため常温で粗圧延、中間圧延、仕上圧延(以上冷間圧延)と行い、基準の厚みに仕上げて巻き取る。こうして仕上がった圧延板を丸く打ち抜き、貨幣の模様を出しやすくするため、円形の周囲に縁をつけるとともに、表面の油等を取り除くため洗浄し乾燥させ、円形を造る。)・⑥貨幣の製造(円形を、貨幣極印及び環(カラー)を取り付けた圧印機で表・裏の模様及びギザを同時にプレスする。圧印された貨幣の模様を検査し、キズのある貨幣など不合格品を除く一方、合格した貨幣はパックに封入する。)という順序であった。

3  ところで天皇金貨は、金一〇万円の法定通貨であるのにその製造原価はその四割程度であったことから、発行当初から偽造の懸念が指摘されていた。このような中にあって、日本の貨幣商であるA社は、昭和六三年三月から天皇金貨の輸入を開始し、平成二年一月ころまでの間、合計四三回にわたり合計六万一七五〇枚の天皇金貨を日本国内に輸入した。英国の貨幣商である原告も、昭和六三年八月一七日以降平成二年一月二三日(本件金貨の売却日)までの間、合計三一回にわたり合計四万三〇九五枚の金貨を日本の貨幣商B社(但し、一〇〇〇枚は平成二年一月一〇日にC社に。被告国に対する予備的請求の請求原因1(一)(2)①参照)に売却し、いずれも日本国内に輸入していたものである。

4  一方、被告東京都の機関である警視庁の捜査第三課は、平成二年一月二九日に至り、株式会社富士銀行本店東京事務センターの職員から、同行日本橋支店にC社から入金された天皇金貨一〇〇〇枚(原告が平成二年一月一〇日にC社に売却したもの。前記3末尾参照)のうち一枚の金貨を除く九九九枚の色調及びブリスターパックが従来のものと違う旨の報告を受けた。そこで、そのうちの五枚の金貨及び従来のものと同じ一枚の金貨の任意提出を受け、刑事訴訟法二二三条に基づいて科学捜査研究所に同金貨の鑑定を嘱託したところ、同日、警視庁科学捜査研究所主事藤田匡は、右六枚のうち光沢の鈍い五枚の金貨について、金貨表面の昭和六一年の「六十一」の刻印部に盛り上がった極細のキズが存在すること・金貨の表面の色調が薄いこと・全体の彫りが浅いことを根拠に偽造金貨であると鑑定し、その旨捜査第三課に報告した。そこで、捜査第三課は、C社が富士銀行日本橋支店に入金した残りの九九四枚についても偽造通貨の疑いがあると判断して、同支店より任意提出を受け、さらに、C社の代表取締役であるC1から、富士銀行日本橋支店に入金した一〇〇〇枚の一〇万円金貨はいずれも原告から購入したものであること・一〇〇〇枚のうち一枚についてはブリスターパックが破損していたため同社所有の天皇金貨と交換したこと等の事情を聴取し、右交換された一枚の金貨についても押収した。

5  また、前述のように昭和六三年から天皇金貨の日本への輸入を行っていた原告は、平成二年一月下旬にも、B社との間で天皇金貨三二〇〇枚(本件金貨)を売却する旨の契約を締結し、同年一月二三日、航空便で本件金貨を右B社宛送付した。同年二月一日、東京税関監視部係官は、同年一月二九日にC社が原告から購入した金貨が偽造通貨として押収されたことから、これと同じく原告から送付された本件金貨について、通関手続を保留して成田保税倉庫で保管中である旨、警視庁に連絡してきた。そこで、捜査第三課は、翌二月二日、B社の取締役副社長であるB1の同意を得て、右保管中の本件金貨の一部につきブリスターパックを開披して調べたところ、昭和六一年の「六十一」の刻印部に盛り上がった極細のキズが存在する等先に押収した天皇金貨と同様の特徴が見られたため、偽造通貨の可能性があると判断した。その間捜査第三課は、天皇金貨の偽造報道に接し急遽来日した原告代表者X1から同年二月四日から八日ころまでの間複数回にわたり事情聴取したが、その後同年二月一〇日に至り、東京簡易裁判所裁判官の捜索差押許可状の発布を得て、同課司法警察員が本件金貨三二〇〇枚を差し押さえた。

6  一方、前述した科学捜査研究所主事藤田匡は、押収した金貨が偽造であることを補強すべく、まず前記C社からの押収金貨一〇〇〇枚に関し、平成二年二月一五日付け及び同年三月一六日付けで大蔵省造幣局(大阪造幣局)に対して鑑定を依頼し、その結果同年三月一六日付け及び同年四月二日付けの鑑定書により右金貨は偽造金貨である旨の通知を受けた。また、同じく藤田主事は、自ら、科学捜査研究所石原正忠の協力を得て本件金貨の鑑定を実施し、その結果、同年三月一二日付けで偽貨であるとの鑑定をしたが、さらにこの結果を補強すべく、同年七月四日付けで大阪造幣局に対し再び本件金貨の鑑定を依頼し、同年七月一六日付けの鑑定書により本件金貨は偽造金貨である旨の鑑定通知を受けた。

7  このような中で捜査第三課は、輸入経路も含めて捜査を進めたところ、前述のA社がスイス連邦のD社(社長D1)から輸入した金貨の中からも表面に線状キズ等の特徴のある天皇金貨が発見されたが、これらの金貨及び前述したC社からの押収金貨及びB社からの押収金貨(本件金貨)の出所はいずれもE社(代表者E1)であること等が判明した。そこで捜査第三課は、E1の天皇金貨の入手先等について、捜査官をスイス連邦に派遣する等して捜査を続けているが、捜査は難航しており、捜査員の人数も、当初の三〇人から平成六年二月には四人に縮小された(E1は、平成七年一二月に死亡した模様である。)。なお、捜査第三課は、前記各金貨のほか、別の所有者・保管者から任意提出を受けた一万八〇九九枚及び日本銀行発券局から任意提出を受けた八万五六四七枚を含め、合計一〇万七九四六枚の金貨の押収を継続している。

8  前記5で述べたように平成二年二月四日から八日までの間に捜査第三課から事情聴取を受け帰国した原告は、同年六月末日ころまでに、アーネスト・ジー・ヴィ・ニューマン(一九一四年生まれの英国人。三八年間英国王立造幣局で勤務し、最後は王室貨幣検査主任の経歴を持つ。)作成の本件金貨は真貨であるとの鑑定書(甲第一、第二号証)を捜査第三課に提出し、次いで平成四年一月一四日に至り、本件押収にかかる三二〇〇枚の本件金貨が真貨であることを理由としてその還付請求をしたが、同年三月三一日、捜査第三課の司法警察員は右還付請求拒否処分を行い、これに対し原告は同年四月二七日、右処分に対し東京地方裁判所に対して準抗告の申立てをしたが、同裁判所は同年六月五日、本件金貨は偽貨であるとして右準抗告を棄却する決定をした(同庁平成四年(む)第二四一号)。

三  本件金貨の押収及び押収継続の違法性の有無(主位的請求原因2(一)(1)及び(2))

1  原告はまず、本件金貨が真貨であるにも拘わらず司法警察員である警視庁係官が故意又は過失により偽貨であると認定してなした本件金貨の差押え(押収)及びその継続は違法である等と主張する。

しかしながら、後記第二、一3で述べるとおり本件金貨は偽貨と判断できるから原告の主張はその前提を欠くのみならず、そもそも本件訴訟において判断の対象となっているのは、本件金貨の真偽ではなく司法警察員が本件差押え(押収)及びその継続の必要性があると判断したことの国家賠償法上の違法性の有無である。そして、司法警察員による差押え(押収)及びその継続は、司法警察員が、証拠資料を総合勘案して刑事訴訟法二一八条所定の差押え(押収)の必要性を判断する上において、合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかであるにも拘わらずあえてこれを行い又はこれを継続したと認め得るような事情がある場合に限り国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けると解すべきところ、前記二認定のとおり本件金貨には先に押収されたC社の金貨と同様にその表面に盛り上がった極細のキズ等が存在し、これを理由に警視庁内部の科学捜査機関である科学捜査研究所が偽貨であると判定しているのであるから、被疑罪名たる通貨偽造罪は刑法一四八条等により三年以上の懲役刑に処せられる重大事案であり、国家の通貨秩序にも重大な影響を及ぼす可能性があること等も併せ考慮すると、司法警察員たる警視庁係官によりなされた本件金貨の差押え(押収)の必要性の判断につき前述した合理的根拠が欠如しているといえないことは明らかというべきである。

2  次に原告は、仮に本件金貨に対する当初の差押え(押収)の必要性は首肯し得るとしても、真貨であるとするニューマン鑑定書が捜査第三課に提出された平成二年六月末日以降の押収継続は違法である等と主張する。

しかしながら、後記第二、一2(三)で述べるとおりニューマン鑑定書における同人の見解は本件金貨を直接に観察した上での所見ではないのみならず、かえって前記二認定のとおり、前記警視庁科学捜査研究所の係官が、本件差押え(押収)後の平成二年七月四日付けで、天皇金貨を含む我が国の全貨幣を一元的に製造し、貨幣の真偽を判別するにつき十分な技術水準と権威を有する大蔵省造幣局に現物を添えて本件金貨の真偽鑑定を依頼したところ、同年七月一六日付けで全てにつき偽貨との鑑定結果を受け取っているのであるから、これらの事実に被疑罪名たる通貨偽造罪の重大性を併せ考慮すると、本件差押え(押収)がなされたのは平成二年二月でその後現在まで七年余を経過し捜査も難航しているとの事情があるとしても、右被疑事件の捜査を継続している以上、本件金貨の押収継続の必要性の判断につき前述した合理的根拠が欠如しているということもできない。

四  以上によれば、その余について判断するまでもなく、原告の被告東京都に対する請求は理由がない。

第二  被告国に対する請求について

一  主位的請求(鑑定の誤りを理由とするもの)について

1  本件金貨の押収

前記第一、二掲記の各証拠によれば、請求原因1の事実を認めることができる。

2  本件金貨の鑑定に至る経緯

前記第一、二掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 被告国の機関である大蔵省の所掌事務の一つとして、貨幣の発行・回収及び取締りがあり、これを分掌する組織として同省造幣局がある。同省造幣局は大阪市に本局(大阪造幣局)、東京都及び広島市に支局(東京支局及び広島支局)を持ち、明治四年に大阪市で創業を開始してのち一貫して我が国において発行される貨幣の製造を一元的に行ってきたものであり、本件訴訟で問題とされている天皇金貨は、造幣局の本局(大阪造幣局)において製造されたものである。

貨幣の真偽を鑑定することも造幣局の所掌事務の一つであって、そのための手続規定として「貨幣の真偽鑑定規則」(昭和四三年七月一〇日造幣局訓令第二三号)が定められており、その詳細は別紙のとおりである。同規則によれば、貨幣の真偽鑑定の依頼をしようとする者は、所定の鑑定依頼書に鑑定物件を添えてしなければならないとされており、また右依頼を受けて鑑定を実施する担当官は、本局作業管理部の研究室長・貨幣第二課長・極印課長・試験製練課長等である。

(二) 大阪造幣局が天皇金貨の偽造問題に接するようになったのは、警視庁が通貨偽造被疑事件を初めて認知した平成二年一月二九日(前記第一、二4参照)より前の同年一月一九日であり、同日、前記A社の代表者A1が、同行者と共に大阪造幣局を訪れ、同社が前記D社(代表D1)から輸入した天皇金貨二枚につきブリスターパック入りのまま真偽の判定を依頼し、これに対し同局作業管理部研究室長Fが中心となり同日中に一定の対応をしたことがあった(詳細は後記二参照)。その後大阪造幣局は、通貨偽造被疑事件の捜査を開始した警視庁等から、前述の真偽鑑定規則に基づく鑑定の依頼を受けてこれに真剣に取り組むようになり、平成二年二月一五日から平成四年四月二八日までの間、科学捜査研究所及び日本銀行発券局長から、合計二一万九七四一枚の金貨につき鑑定依頼(前述した本件金貨の鑑定依頼はこれに含まれる。)を受け、これに対し平成二年三月一六日から平成四年五月一四日までの間に鑑定書を発行し、合計一一万一七九五枚は真貨であるが残一〇万七九四六枚は偽貨であると鑑定した(詳細は乙ロ第一八号証記載のとおり)。なお原告は、その間の平成二年六月末ころ大阪造幣局に対し、本件金貨を含む天皇金貨が真貨である旨のニューマン鑑定書を送付している。

(三) 大阪造幣局が本件金貨を偽貨と判定した理由は、他の偽貨の場合と同様に、①「昭和六十一年」の文字の部分に肉眼でも識別可能な凸条の線状キズが認められる・②模様が部分的に異なる・③光沢が真貨と比べて少ない・④硬度と金属組織が異なる・⑤不純物が真貨と異なる等である。

これに対し、前記第一、二8記載の経歴を有するニューマン氏は、本件金貨と出所を同じくする天皇金貨を現実に見聞するとともに大阪造幣局の前記意見を検討し、証言及び各種の書面において、前記偽造の特徴とされたものは極印製造過程においてよく発生する工具キズが金貨打刻に移転したもので前記偽貨とされたものも全て真貨である等との意見を述べている。

3  鑑定の違法性の有無(主位的請求原因2(二))

原告は、本件金貨は真貨であるから、大阪造幣局係官が平成二年七月一六日付けで科学捜査研究所に対し本件金貨が偽貨である旨の鑑定通知をしたことをもって違法である等と主張する。

しかしながら、前記のとおり大阪造幣局は、明治四年以来我が国における唯一の貨幣製造機関であるという歴史を有し、本件金貨を含む被疑金貨につき平成二年二月ころから平成四年五月ころまでの長い時間をかけて組織的に真貨か偽貨かの鑑別を行い、ニューマン氏からの本件金貨を含む金貨は真貨であるとする意見も十分検討し、その結果、前述のような理由を付して本件金貨は偽貨であると判定しているのであるから、本件金貨は結論的に偽貨であると判断できるものであり、したがって、本件金貨は真貨であることを前提とする原告の主張はその前提を欠き失当というべきである。

のみならず、前記真偽鑑定規則に基づき行う大阪造幣局の鑑定は、鑑定という行為の性質上、特別の知識・経験を有する者として相当の根拠に基づいて真摯に問題に取り組み、専門的立場からその認識した見解を忠実に表明すれば、その結果について国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けることはないと解されるところ、前記1認定のとおり、本件金貨を偽貨と判断した大阪造幣局係官は相当の根拠に基づいて真摯に鑑定を行い、その結果として本件金貨は偽貨であると判断し、その旨警視庁に通知したのであるから、仮に本件金貨が真貨であると後に判明したとしても、右鑑定が国家賠償法一条一項の適用上違法とされる余地はない。

4  以上によれば、その余について判断するまでもなく、原告の被告国に対する主位的請求は理由がない。

二  予備的請求について

1  真贋検査義務違反の有無(予備的請求原因1(一))

原告は、仮に本件金貨が偽造金貨であるとするならば、それ以前の昭和六三年八月一七日から平成二年一月九日までの間三〇回にわたって、原告がB社に対し合計約四万枚の天皇金貨を売り渡しその都度被告国の機関である大蔵大臣及び税関長から受けた外為法上及び関税法上の輸入許可は、審査の際に要求される注意義務に違反して偽造通貨であることを見落としていたから違法である等と主張する。

しかしながら、まず外為法は、通貨の安定、すなわち、本邦通貨の対外価値及び国内価値の安定を目的とした最低限の規制を行いうることを規定しており、外為法一八条の定める支払手段等の輸入許可の制度は、支払手段として通貨等を輸入することにより右規制の脱法行為を行うことを防止し、右規制の実効性を確保するための制度である。したがって、同条による輸入許可の審査は当該支払手段が真貨であることを前提に行われる公益的なものであって、右審査をする職員に個々の国民との間で通貨の真偽を確認すべき法的義務はないと解するのが相当である。

次に関税法は、関税の公平確実な賦課徴収及び税関事務の適正円滑な処理を企図して、その通関手続において必要な規制を行い、本件金貨のような輸入禁制品たる偽造貨幣(関税定率法二一条一項三号)については輸入許可をしてはならないこと等を規定しているが、通関手続における輸入貨物の検査も、関税の適正かつ公正な徴収を主目的として実施される公益的なものであるから、右検査をする税関職員に個々の国民との間で輸入貨物たる通貨の真偽を確認すべき法的義務はないと解するのが相当である。

そうすると、右各義務の存在を前提とする原告の主張は、その余について判断するまでもなく理由がない。

2  平成二年一月一九日における真偽鑑定の有無(予備的請求原因1(二))

前記第一、二掲記の各証拠によれば、前記第二、一2(二)でも一部認定したとおり、A社の代表取締役A1は、同行者一名とともに大阪造幣局を訪れ、同社がD社(代表者D1)から輸入した天皇金貨二枚(うち一枚は、後日、偽貨と判定されて警視庁に押収された。)につき、右D1からの指示に基づき真偽の判定を依頼したこと、これを受けた同局作業管理部研究室長Fは、A1の持参した右金貨をブリスターパックを開披することなくルーペで観察し、おそらく真貨であろうと推定する趣旨の発言をしたこと、しかしそれ以上に断定的な言い方はせず、A1に対し前述した真偽鑑定規則に基づく正式鑑定の手続を説明した上、正式な鑑定に際しては金貨を切断したり溶解したりする必要がある等と述べていること、これらを聞いたA1は、右金貨二枚はいずれも真貨と判定されたと即断し、その後に大阪造幣局に対し正式鑑定の依頼をすることはなかったこと、以上の事実を認めることができる。

右認定事実によれば、F室長がA1に対して行った対応は、天皇金貨の真偽の非公式打診に対する感想を述べ正式の鑑定手続の教示をしたにすぎないと解されるから、同室長の右行為をもって国家賠償法一条一項の適用上違法であると解することはできない。

3  以上によれば、その余について判断するまでもなく、原告の被告国に対する主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官中野哲弘 裁判官荒井九州雄 裁判官瀧川直子 裁判官荒井九州雄は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官中野哲弘)

別紙貨幣の真偽鑑定規則

(昭和43年7月10日造幣局訓令第23号)

(目的)

第1条 この規則は、造幣局における貨幣の真偽鑑定に関する業務(以下「鑑定業務」という。)について必要な事項を定めることを目的とする。

(主管係)

第2条 鑑定業務は、作業管理部研究室(以下「主管係」という。)が主管するものとする。

(鑑定受付等の担当係)

第3条 鑑定の受付並びに鑑定書の交付及び鑑定物件の返却に関する事務は、業務課事業第二係(東京支局にあっては業務課事業係、広島支局にあっては会計課物品出納係。以下「受付担当係」という。)が取り扱うものとする。

(鑑定員)

第4条 鑑定業務を遂行するため、本局に鑑定員を置く。

2 鑑定員は、研究室長、貨幣第二課長、極印課長及び試験製錬課長のほか、作業管理部長が推せんし、局長がこれを任命したもの若干名とする。

(鑑定員の担当区分)

第5条 鑑定員の担当区分は、次のとおりとする。

一 研究室長 外観写真、色相、光沢、音響、量目、直径、孔径、縁厚、比重、かたさ、顕微鏡組織(断面、表面)

二 貨幣第二課長 縁の線数、縁の刻印及び表裏の模様の出方、金属のはだ

三 極印課長 縁の刻印及び表裏の模様の異状、玉数、馬歯数

四 試験製練課長 定性分析、定量分析

五 その他の鑑定員 その他必要な事項

(受付事務)

第6条 受付担当係が依頼者から貨幣の真偽鑑定について依頼を受けたときは、鑑定依頼書(様式第1号)に鑑定物件を添えて提出させ、鑑定物件預り証(様式第2号)を依頼者に交付するものとする。

2 支局の受付担当係は、前項の手続を終えたときは、支局鑑定物件受渡簿(様式第3号)に所要事項を記入し、鑑定物件及び鑑定依頼書(以下「鑑定物件等」という。)を本局の受付担当係に回送するものとする。ただし、第16条の規定に基づき支局において鑑定を行う場合は、この限りでない。

(主管係への送付)

第7条 本局の受付担当係は、前条第1項により鑑定を受付け、又は同条第2項により支局の受付担当係から鑑定物件等の回送を受けたときは、本局鑑定物件受渡簿(様式第4号)に所要事項を記入し、鑑定物件等をすみやかに主管係に送付するものとする。

(鑑定順序)

第8条 鑑定業務は、次の順序にしたがって行うものとする。ただし、作業管理部長は必要に応じて鑑定の順序を変更し、又は鑑定事項の一部を省略することができる。

一 外観写真撮影

二 量目、直径、孔径、縁厚、比重及びかたさの測定

三 色相、光沢の検討

四 音響検査

五 縁の線数の算定、金属のはだの検査

六 縁の刻印及び表裏の模様の検査、玉数及び馬歯数の算定

七 定性分析

八 顕微鏡組織の検査

九 定量分析

十 その他必要な事項

(鑑定物件の取扱い)

第9条 鑑定物件は、損傷のないよう注意して取り扱わなければならない。

2 依頼者から形状変更について承諾のあった鑑定物件については、作業管理部長の指示に基づいて形状に変更を加えることができる。

(鑑定物件の回付)

第10条 主管係が本局の受付担当係から鑑定物件の送付をうけたときは、鑑定貨幣試験表(様式第5号)に必要事項を記入のうえ、鑑定結果記入書(様式第6号)とともに、第8条に規定する鑑定順序にしたがって鑑定員に回付するものとする。

(鑑定)

第11条 鑑定員は、第5条の担当区分にしたがい、担当事項について真偽の鑑定を行い、その結果を鑑定結果記入書に自署し、押印するものとする。

2 鑑定員は、前項の担当事項のほか、製造方法その他参考となるべき事項について所見を述べることができる。

(真偽の判定)

第12条 作業管理部長は、主管係がとりまとめた鑑定員の鑑定結果、鑑定事項並びに鑑定物件等を参考として真偽の判定を行い、その結果を鑑定結果記入書に自署し、押印するものとする。

(鑑定書の作成及び送付)

第13条 主管係においては、真偽の判定が終った鑑定物件について鑑定書(様式第7号)を作成し、鑑定物件等を添え、本局鑑定物件受渡簿を用いて、本局の受付担当係に送付するものとする。

2 鑑定書には、依頼者があらかじめ要望した場合のほか、鑑定事由は記載しないものとする。

3 依頼者が鑑定書の写しをあらかじめ要望した場合には、これを交付することができる。

(鑑定書の交付及び鑑定物件の返却)

第14条 本局の受付担当係は、主管係から前条の鑑定書の送付があったときは、局長の決裁を得たうえ、鑑定書に鑑定物件を添えて依頼者に郵送その他便宜の方法をもって引き渡すものとする。ただし、支局を通じて依頼のあったものについては、当該支局を経由するものとする。

(鑑定に要する日数)

第15条 鑑定に要する日数は、原則として10日以内とする。

(支局における鑑定業務)

第16条 支局において鑑定可能なものは、支局で鑑定することができる。

2 支局において鑑定書を交付したときは、その都度速やかに局長に報告しなければならない。

3 鑑定員の任命、鑑定書の様式その他支局における鑑定業務に関し必要な事項は、この規則に準じ支局長が定めるものとする。

附則

1 この規則は、昭和43年8月1日から施行する。

2 造幣局組織規程(昭和37年造幣局訓令第10号)の一部を次のように改正する。

第27条第5号、第95条第5号及び第133条第8号中「偽造貨幣の鑑定」を「貨幣の真偽鑑定」に改める。

3 造幣局決裁委任規程(昭和43年造幣局訓令第1号)の一部を次のように改正する。

別表第6 作業管理部関係中「|8| 偽造貨幣鑑定結果の承認 |○| | | |」を「|8| 削除 | | | | |」に改める。

改正(50.4.7造幣局訓令第13号 50.4.2適用)(52.4.22造幣局訓令第18号 52.4.18適用)

(56.9.26造幣局訓令第18号 56.9.26施行)

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